■レポート【刑法総論】合否比較あり(評価D→A)





本課題は事例問題となります。
本レポートは一度目は評価Dの不合格でしたので、再提出を行い合格したものです。
再提出に際して、どう修正を行ったのかわかるように両レポートを比較した表を掲載しています。

本課題に限らず事例問題は難しく、概論的な基本書を読んだだけでは、事例をどう条文にあてはめていけばいいのかといったことなど、基本的な記述スタイルもよくわからなかったため、司法試験関連の参考書などこれらの書き方が学べる書籍をかなり読み込んだ記憶があります。





どんな科目?(本科目について簡単にご紹介)


刑法学は、総論と各論に分かれています。総論は、犯罪と刑罰全体に関する基礎的な理論が中心です。すべての犯罪に共通する理論が扱われます。

 これに対し、各論は、詐欺罪や強盗罪といった個別の犯罪に関する法規の解釈論です。総論の知識を基礎にして、個々の犯罪に関する理論や適用に関することを扱います。


課題情報(課題の概略や成績など)

1

科目

刑法総論

2

課題概略

事例問題:課題文約540字構成

(要約)殺意をもって相手を刺したあと後悔して応急処置をした。その後の対応を他者に依頼し自身は逃亡した。結果的に相手が死亡した場合の関係各者の罪責を問う。

3

課題タイプ

論ぜよ

4

提出形式

ワープロ(印刷)

5

評価

1回目 D

2回目 A

6

レポート構成

1-1-1  甲の罪責問題提起

 

1-2-…該当なし

 

 

 

1-3-1罪責β(中止犯)問題提起

1-3-2罪責β定義

1-3-3罪責β本件あてはめ

1-3-4罪責β結論

1-4-1 甲の罪責結論

 

2-1-1乙の罪責問題提起

2-2-1罪責関連定義

2-2-2罪責θ(殺人罪)適用要件

2-2-3罪責θ関連定義

2-2-4罪責θ本件あてはめ

2-2-5罪責θ結論

2-3-1 乙の罪責結論

 

3 参考文献 

1-1-1  甲の罪責問題提起

 1-2-1罪責α検討(殺人未遂罪)

1-2-2罪責α論点

1-2-3罪責α 関連定義

1-2-4罪責α本件あてはめ

1-2-5罪責α結論

1-3-1罪責β(中止犯)問題提起

1-3-2罪責β定義

1-3-3罪責β本件あてはめ

1-3-4罪責β結論

1-4-1 甲の罪責結論

 

2-1-1乙の罪責問題提起

2-2-1罪責関連定義

2-2-2罪責θ(殺人罪)適用要件

2-2-3罪責θ関連定義

2-2-4罪責θ本件あてはめ

2-2-5罪責θ結論

2-3-1 乙の罪責結論

 

3 参考文献 

7

文字数制限

4000

8

本文文字数

1回目 3107

2回目 3636

9

備考

・検討すべき重要論点が抜けている旨のご指摘により再提出となったものです。

・本レポートでは参考文献として司法試験の受験用参考書も挙げていますが、今の私なら、実際にはめいっぱい参考にしていても参考文献としては載せません。これらは学習参考書であって文献ではないという感覚です。本レポートの評価のうち参考書の利用に関してはレポート成績がAの割には5段階中の3と低いものになっていますが、これが評価に影響があったのかも!?

 ・Aレポートでは、甲の罪責結論がDと異なっています。これがもし実際にあった出来事だったとしたら…関係者の人生変わってしまいますよね…。



分析(文章をまとまり毎に表形式で整理)



   評価Dのレポート
    評価Aのレポート
1-1-1
甲の罪責問題提起
1 甲の罪責
甲はA殺害の目的をもって、折りたたみナイフでAの腹部を突き刺したことは、殺人の実行の着手が認められる。

Aは甲が腹部を刺したことによる失血により死亡しているため甲には殺人罪(199条)が成立すると考えられる。
1 甲の罪責
甲はA殺害の目的をもって、折りたたみナイフでAの腹部を突き刺したことは、殺人の実行の着手が認められる。

Aは結果的に甲が腹部を刺したことによる失血により死亡しているため甲には殺人罪(199条)が成立すると考えられる。
1-2-1
罪責α検討(殺人未遂罪)

しかしながら、甲は殺人の実行着手後に、Aの出血に驚愕し、悔悟と共に119番通報を試みており、更に乙にAの救命行為を依頼してその場を去ったため、その後のAの失血死については甲には責任がないのではないか。

とすれば、甲の行為は殺人未遂罪(199条、203条)にとどまるのではないだろうか。
1-2-2
罪責α論点


ここで問題となるのは、甲の行為とAの死亡の結果との間に因果関係が認められるかということである。
1-2-3
罪責α 関連定義

近代以降の刑法の基本原則である責任主義は、一つの結果に対し一人が責任を負うことを原則としており、行為と結果の関係においては、現実に発生した事実を踏まえた上で、結果に対する原因となったものを選び出し、その原因となる行為を行なった者のみ、つまり因果関係のある者のみを処罰するべきであると解する。

更に、因果関係の有無についての判断は刑法の目的である法益保護を考慮すれば、ある行為からその結果が生ずることが一般人の経験上で相当であるかどうかでの判断が妥当である。
1-2-4
罪責α本件あてはめ

本件では、甲からAの救命行為の依頼を引き受けた医師乙が、実際には救命行為を行なわずAの死亡という結果に大きく寄与した。

このように、行為を引き受けた者がその任務を遂行しないことは一般人から見て予測のつくことではなく相当性があるとはいえない。
1-2-5
罪責α結論

従って、甲とAの死亡の結果との間に相当性がないことから、甲はAの死亡については責任を負わず、殺人未遂罪(199条、203条)にとどまる。
1-3-1
罪責β(中止犯)問題提起
しかしながら、甲は殺人の実行着手後に、Aの出血に驚愕し、悔悟と共に119番通報を試みており、更に乙にAの救命行為を依頼してその場を去ったため、その後のAの失血死については甲には責任がないのではないか。

とすれば、甲について中止犯(43条但書)の適用が考えられないだろうか。
ところで、甲は自らの意思で犯罪の完成を中止する行為を行なったことから、甲について中止犯(43条但書)の適用が考えられないだろうか。

1-3-2
罪責β定義

中止犯は、未遂犯のひとつであり、犯罪の実行に着手はしたが「自己の意思」により、犯罪完成を「中止した」ことをいう。

中止犯が成立するためには、1つ目に「実行の着手があること」、2つ目に「自己の意思によること」、3つ目に「中止行為があること」、4つ目に「結果の不発生」、が必要である。
中止犯は、未遂犯のひとつであり、犯罪の実行に着手はしたが「自己の意思」により、犯罪完成を「中止した」ことをいい、「自己の意思」によらない中止である障害未遂と区別される。

中止犯の成立には、1つ目に「実行の着手があること」、2つ目に「自己の意思によること」、3つ目に「中止行為があること」、4つ目に「結果の不発生」、が必要である。
1-3-3
罪責β本件あてはめ
甲とAとの関係においては、甲がAの腹部を折りたたみナイフで突き刺した時点で1つ目の要件である「実行の着手があること」はみたしたといえる。

2つ目の要件である「自己の意思によること」についてはどうだろうか。

中止犯の特徴は任意性にあるため、自らの意思による中止行為は一般社会の規範意識からみて非難可能性が減少するといえ、また、既遂となると本条の適用はないことは、政策的な面も併せ持つと解するに十分である。

このことから中止犯の成立により、刑が軽減・免除されるのは、中止行為が刑の責任を減少させるとともに、刑事政策的配慮に基づいているといえる。

この責任減少を認めるには、外部的事情によらず、全くの任意に基づいてのみで中止に至ることは不要である。

なぜなら、一般に人の意思決定は多少にかかわらず外部的事情が関わって決定されるものであるから、そもそも全く外部的事情に触発されずに意思決定を行なえることは実際上ほぼありえないと考えられるからである。

したがって、中止犯の任意性は、一般人にとって犯罪完成を妨げる事情がなく犯行を続行することが可能であったにもかかわらず、中止に至ったのかどうかをもって判断すべきである。

甲はAの腹部を刺した後、驚愕して自ら悔悟の意思をもって止血などの応急措置を施している。

驚愕したことによってのみ中止行為を行なったのでは任意性は認められないが、甲の場合は悔悟を持って中止行為を行なっているため、2つ目の要件はみたしていると解する。

しかし、3つ目の「中止行為があること」、という要件はみたされているだろうか。甲の行為は中止行為として十分なものであったのかが問題となる。

中止犯を認めるには、少なくとも結果防止に必要かつ相当な行為をする必要がある。

甲は、119番通報をしているが、結果的につながらなかったことから、中止行為として十分ではないと考える。

また、止血などの応急措置まではしてはいるが、その後、その場を去っている。

甲がその場を去ったのは、Aを放置したわけではなく、乙が介抱を引き受けたからであり、乙による介抱行為を信頼してのことである。

中止行為に他人の手を借りることが許されないわけではないが、その場合でも、結果を不発生に終わらせるのに必要十分な行為が要求される。

甲の場合は「よろしく頼む」と言って医師である乙がAの死を回避するために十分のことをすると考えているが、実際には乙は何の措置もとらず、結果としてAは失血死に至っているため中止行為として十分とはいえない。つまり、3つ目の要件は満たしていないといえる。

また、乙に対するこのような錯誤は、甲の責任を減少させ、4つ目の要件である、「結果の不発生」をみたすとして中止犯の成立につながるだろうか。

中止犯は政策的なものであり、責任減少が認められるだけでは足りず、結果防止に必要十分な措置がとられてはじて中止犯が成立すると考えなければならない。

このことから、甲の錯誤は中止犯の成否に影響しないと解する。乙が甲を欺罔したという事実は重要ではなく、甲の錯誤が事実であっても、甲が乙に依頼しただけでその場を去っていることは客観的に見て中止行為として不十分であったという点は変わらないため、4つ目の要件も満たしていないと解する。
甲とAとの関係においては、甲がAの腹部を折りたたみナイフで突き刺した時点で1つ目の要件である「実行の着手があること」はみたしたといえる。

2つ目の要件である「自己の意思によること」についてはどうだろうか。

中止犯の特徴は任意性にあるため、自らの意思による中止行為は一般社会の規範意識からみて非難可能性が減少するといえ、また、既遂となると本条の適用はないことは、政策的な面も併せ持つと解するに十分である。

このことから中止犯の成立により、刑が軽減・免除されるのは、中止行為が刑の責任を減少させるとともに、刑事政策的配慮に基づいているといえる。

この責任減少を認めるには、外部的事情によらず、全くの任意に基づいてのみで中止に至ることは不要である。

なぜなら、一般に人の意思決定は多少にかかわらず外部的事情が関わって決定されるものであるから、そもそも全く外部的事情に触発されずに意思決定を行なえることは実際上ほぼありえないと考えられるからである。

したがって、中止犯の任意性は、一般人にとって犯罪完成を妨げる事情がなく犯行を続行することが可能であったにもかかわらず、中止に至ったのかどうかをもって判断すべきである。

甲はAの腹部を刺した後、驚愕して自ら悔悟の意思をもって止血などの応急措置を施している。

驚愕したことによってのみ中止行為を行なったのでは任意性は認められないが、甲の場合は悔悟を持って中止行為を行なっているため、2つ目の要件はみたしていると解する。

しかし、3つ目の「中止行為があること」、という要件はみたされているだろうか。

甲の行為は中止行為として十分なものであったのかが問題となる。

中止犯を認めるには、少なくとも結果防止に必要かつ相当な行為をする必要がある。

甲は、119番通報をしているが、結果的につながらなかったことから、中止行為として十分ではないと考える。

また、止血などの応急措置まではしてはいるが、その後、その場を去っている。

甲がその場を去ったのは、Aを放置したわけではなく、乙が介抱を引き受けたからであり、乙による介抱行為を信頼してのことである。

中止行為に他人の手を借りることが許されないわけではないが、その場合でも、結果を不発生に終わらせるのに必要十分な行為が要求される。

甲の場合は「よろしく頼む」と言って医師である乙がAの死を回避するために十分のことをすると考えているが、実際には乙は何の措置もとらず、結果としてAは失血死に至っているため中止行為として十分とはいえない。

つまり、3つ目の要件は満たしていないといえる。

また、乙に対するこのような錯誤は、甲の責任を減少させ、4つ目の要件である、「結果の不発生」をみたすとして中止犯の成立につながるだろうか。

中止犯は政策的なものであり、責任減少が認められるだけでは足りず、結果防止に必要十分な措置がとられてはじめて中止犯が成立すると考えなければならない。

このことから、甲の錯誤は中止犯の成否に影響しないと解する。

乙が甲を欺罔したという事実は重要ではなく、甲の錯誤が事実であっても、甲が乙に依頼しただけでその場を去っていることは客観的に見て中止行為として不十分であったという点は変わらないため、4つ目の要件も満たしていないと解する。
1-3-4
罪責β結論
したがって、一部の成立要件のみたしていない甲に中止犯は成立しない。
従って、一部要件をみたしていない甲に中止犯は成立せず、障害未遂となる。
1-4-1
甲の罪責結論
以上のことから、甲の行為は中止犯(43条但書)とはならず、乙を死に至らしめたという事実により、甲には殺人罪(199)が成立する。
以上のことから、甲は殺人未遂罪(199条、203)の障害未遂(43条)の罪責を負う。

2-1-1
乙の罪責問題提起
2       乙の罪責
乙は、甲に刺されたAを認めながら、殺意をもってそのまま放置して死に至らしめている。

乙の不作為は殺人罪(199条)の実行行為と認められるだろうか。
199条は条文上、「殺した」という作為を想定した規定となっているため問題となる。
2乙の罪責
乙は、甲に刺されたAを認めながら、殺意をもってそのまま放置して死に至らしめている。乙の不作為は殺人罪(199条)の実行行為と認められるだろうか。

199条は条文上、「殺した」という作為を想定した規定となっているため問題となる。
2-2-1
罪責関連定義
実行行為とは特定の構成要件に該当する行為のことをいう。

このため、ある行為が実行行為といえるかどうかの判断はその行為が法で規定された構成要件を形式的に満たすかどうかで行う。

形式的とはいっても、法の構成要件は一定の法益保護のために定められているため、実行行為であるというためには、その行為が当該構成要件の予定する結果を引き起こすと考えうる類型的な危険を有する行為であることも必要である。

つまり、実行行為とは、形式的・実質的に構成要件に該当し、法益侵害の現実的危険性を有する行為となる。
実行行為とは特定の構成要件に該当する行為のことをいう。

このため、ある行為が実行行為といえるかどうかの判断はその行為が法で規定された構成要件を形式的に満たすかどうかで行う。

形式的とはいっても、法の構成要件は一定の法益保護のために定められているため、実行行為であるというためには、その行為が当該構成要件の予定する結果を引き起こすと考えうる類型的な危険を有する行為であることも必要である。

つまり、実行行為とは、形式的・実質的に構成要件に該当し、法益侵害の現実的危険性を有する行為となる。
2-2-2
罪責θ(殺人罪)適用要件
殺人罪(199条)の場合についても、ただ、人を殺そうとして何かをしただけでは足りず、その行為が人の死を引き起こすと考えうるものでなくてはならないと考える。
殺人罪(199条)の場合についても、ただ、人を殺そうとして何かをしただけでは足りず、その行為が人の死を引き起こすと考えうるものでなくてはならないと考える。

2-2-3
罪責θ関連定義
不作為の行為にも先に述べたような危険性を有すると認められれば、実行行為性を肯定できる。

ただし、不作為の行為自体は無限ともいえるほど存在するため、その成立要件を、1つ目に「作為の可能性・容易性があること」、2つ目に「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」、3つ目に「作為義務がある者の不作為であること」として処罰範囲を厳格に解する必要がある。
不作為の行為にも先に述べたような危険性を有すると認められれば、実行行為性を肯定できる。

ただし、不作為の行為自体は無限ともいえるほど存在するため、その成立要件を、1つ目に「作為の可能性・容易性があること」、2つ目に「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」、3つ目に「作為義務がある者の不作為であること」として処罰範囲を厳格に解する必要がある。
2-2-4
罪責θ本件あてはめ
Aについては、甲に刺された後ただちに救助行為を行なえば命をとりとめていた可能性があり、乙自身が医師であったことからも容易に救命行為が行なえる可能性があった。

これは作為の可能性・容易性が存在したにもかかわらず、あえて何もしないこと、つまり不作為によりAを死に至らしめたと判断できるため、1つ目の要件である「作為の可能性・容易性があること」はみたしているといえる。

2つ目の要件である「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」については、殺人罪はその法定刑の重さから、強度の違法性が必要であると考えられる。

不作為と作為が同程度というためには、Aをただ放置したというだけでは足りないといえる。

しかし、乙はAを放置するために甲を欺罔してその場を去らせることにより、Aを排他的支配下に置き、救助可能性を著しく困難にして生命を高度に危険な状態にさらすという行為に及んでおり、ここに強度の違法性があると考える。

したがって2つ目の要件もみたしていると解する。

では、3つ目の要件である「作為義務がある者の不作為であること」についてはどうか。

乙は、甲に対して、ただちにAの救命行為を行なうから自分に任せてその場を去るようにと強く申し向けている。

これは事実上の引受行為であり、この時点で乙には社会生活上Aの生命と依存関係が生じたと考える。

つまり、乙にはAに対して救命行為を行なうべき作為義務が発生しているといえ、3つ目の要件もみたしていると解する。
Aについては、甲に刺された後ただちに救助行為を行なえば命をとりとめていた可能性があり、乙自身が医師であったことからも容易に救命行為が行なえる可能性があった。

これは作為の可能性・容易性が存在したにもかかわらず、あえて何もしないこと、つまり不作為によりAを死に至らしめたと判断できるため、1つ目の要件である「作為の可能性・容易性があること」はみたしているといえる。

2つ目の要件である「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」については、殺人罪はその法定刑の重さから、強度の違法性が必要であると考えられる。

不作為と作為が同程度というためには、Aをただ放置したというだけでは足りないといえる。

しかし、乙はAを放置するために甲を欺罔してその場を去らせることにより、Aを排他的支配下に置き、救助可能性を著しく困難にして生命を高度に危険な状態にさらすという行為に及んでおり、ここに強度の違法性があると考える。

したがって2つ目の要件もみたしていると解する。

では、3つ目の要件である「作為義務がある者の不作為であること」についてはどうか。

乙は、甲に対して、ただちにAの救命行為を行なうから自分に任せてその場を去るようにと強く申し向けている。

これは事実上の引受行為であり、この時点で乙には社会生活上Aの生命と依存関係が生じたと考える。

つまり、乙にはAに対して救命行為を行なうべき作為義務が発生しているといえ、3つ目の要件もみたしていると解する。

2-2-5
罪責θ結論
したがって、すべての要件を満たすこととなるため、乙の不作為は「殺した」といえ、殺人罪(199条)の実行行為が認められる。
したがって、すべての要件を満たすこととなるため、乙の不作為は「殺した」といえ、殺人罪(199条)の実行行為が認められる。
2-3-1
乙の罪責結論
以上から、乙には殺人罪(199条)の罪責を負う。
以上から、乙は殺人罪(199条)の罪責を負う。
3
参考文献
<参考文献>
・山口厚 著「刑法総論」有斐閣2001
・尾崎哲夫 著「はじめての刑法総論 第4版」自由国民社2004
・斎藤信治 著「刑法総論」有斐閣2002
・福田平 著「刑法総論 第3版増補」有斐閣2001
・LECリーガルマインド 編著「C-Book 刑法Ⅰ<総論>行為無価値版」東京リーガルマインド2005
<参考文献>
・山口厚 著「刑法総論」有斐閣2001
・尾崎哲夫 著「はじめての刑法総論 第4版」自由国民社2004
・斎藤信治 著「刑法総論」有斐閣2002
・福田平 著「刑法総論 第3版増補」有斐閣2001
・LECリーガルマインド 編著「C-Book 刑法Ⅰ<総論>行為無価値版」
東京リーガルマインド2005



文章のみ(レポートをそのまま文章のみ掲載。ざっと読みたいという方に)

※評価Aのみです。

甲の罪責
甲はA殺害の目的をもって、折りたたみナイフでAの腹部を突き刺したことは、殺人の実行の着手が認められる。Aは結果的に甲が腹部を刺したことによる失血により死亡しているため甲には殺人罪(199条)が成立すると考えられる。

しかしながら、甲は殺人の実行着手後に、Aの出血に驚愕し、悔悟と共に119番通報を試みており、更に乙にAの救命行為を依頼してその場を去ったため、その後のAの失血死については甲には責任がないのではないか。とすれば、甲の行為は殺人未遂罪(199条、203条)にとどまるのではないだろうか。

ここで問題となるのは、甲の行為とAの死亡の結果との間に因果関係が認められるかということである。

近代以降の刑法の基本原則である責任主義は、一つの結果に対し一人が責任を負うことを原則としており、行為と結果の関係においては、現実に発生した事実を踏まえた上で、結果に対する原因となったものを選び出し、その原因となる行為を行なった者のみ、つまり因果関係のある者のみを処罰するべきであると解する。更に、因果関係の有無についての判断は刑法の目的である法益保護を考慮すれば、ある行為からその結果が生ずることが一般人の経験上で相当であるかどうかでの判断が妥当である。

本件では、甲からAの救命行為の依頼を引き受けた医師乙が、実際には救命行為を行なわずAの死亡という結果に大きく寄与した。このように、行為を引き受けた者がその任務を遂行しないことは一般人から見て予測のつくことではなく相当性があるとはいえない。従って、甲とAの死亡の結果との間に相当性がないことから、甲はAの死亡については責任を負わず、殺人未遂罪(199条、203条)にとどまる。

ところで、甲は自らの意思で犯罪の完成を中止する行為を行なったことから、甲について中止犯(43条但書)の適用が考えられないだろうか。

中止犯は、未遂犯のひとつであり、犯罪の実行に着手はしたが「自己の意思」により、犯罪完成を「中止した」ことをいい、「自己の意思」によらない中止である障害未遂と区別される。中止犯の成立には、1つ目に「実行の着手があること」、2つ目に「自己の意思によること」、3つ目に「中止行為があること」、4つ目に「結果の不発生」、が必要である。

 甲とAとの関係においては、甲がAの腹部を折りたたみナイフで突き刺した時点で1つ目の要件である「実行の着手があること」はみたしたといえる。

2つ目の要件である「自己の意思によること」についてはどうだろうか。中止犯の特徴は任意性にあるため、自らの意思による中止行為は一般社会の規範意識からみて非難可能性が減少するといえ、また、既遂となると本条の適用はないことは、政策的な面も併せ持つと解するに十分である。このことから中止犯の成立により、刑が軽減・免除されるのは、中止行為が刑の責任を減少させるとともに、刑事政策的配慮に基づいているといえる。この責任減少を認めるには、外部的事情によらず、全くの任意に基づいてのみで中止に至ることは不要である。なぜなら、一般に人の意思決定は多少にかかわらず外部的事情が関わって決定されるものであるから、そもそも全く外部的事情に触発されずに意思決定を行なえることは実際上ほぼありえないと考えられるからである。したがって、中止犯の任意性は、一般人にとって犯罪完成を妨げる事情がなく犯行を続行することが可能であったにもかかわらず、中止に至ったのかどうかをもって判断すべきである。甲はAの腹部を刺した後、驚愕して自ら悔悟の意思をもって止血などの応急措置を施している。驚愕したことによってのみ中止行為を行なったのでは任意性は認められないが、甲の場合は悔悟を持って中止行為を行なっているため、2つ目の要件はみたしていると解する。

しかし、3つ目の「中止行為があること」、という要件はみたされているだろうか。甲の行為は中止行為として十分なものであったのかが問題となる。中止犯を認めるには、少なくとも結果防止に必要かつ相当な行為をする必要がある。甲は、119番通報をしているが、結果的につながらなかったことから、中止行為として十分ではないと考える。また、止血などの応急措置まではしてはいるが、その後、その場を去っている。甲がその場を去ったのは、Aを放置したわけではなく、乙が介抱を引き受けたからであり、乙による介抱行為を信頼してのことである。中止行為に他人の手を借りることが許されないわけではないが、その場合でも、結果を不発生に終わらせるのに必要十分な行為が要求される。甲の場合は「よろしく頼む」と言って医師である乙がAの死を回避するために十分のことをすると考えているが、実際には乙は何の措置もとらず、結果としてAは失血死に至っているため中止行為として十分とはいえない。つまり、3つ目の要件は満たしていないといえる。

また、乙に対するこのような錯誤は、甲の責任を減少させ、4つ目の要件である、「結果の不発生」をみたすとして中止犯の成立につながるだろうか。中止犯は政策的なものであり、責任減少が認められるだけでは足りず、結果防止に必要十分な措置がとられてはじて中止犯が成立すると考えなければならない。このことから、甲の錯誤は中止犯の成否に影響しないと解する。乙が甲を欺罔したという事実は重要ではなく、甲の錯誤が事実であっても、甲が乙に依頼しただけでその場を去っていることは客観的に見て中止行為として不十分であったという点は変わらないため、4つ目の要件も満たしていないと解する。

従って、一部要件をみたしていない甲に中止犯は成立せず、障害未遂となる。

以上のことから、甲は殺人未遂罪(199条、203)の障害未遂(43条)の罪責を負う。


2     乙の罪責
乙は、甲に刺されたAを認めながら、殺意をもってそのまま放置して死に至らしめている。乙の不作為は殺人罪(199条)の実行行為と認められるだろうか。199条は条文上、「殺した」という作為を想定した規定となっているため問題となる。

 実行行為とは特定の構成要件に該当する行為のことをいう。このため、ある行為が実行行為といえるかどうかの判断はその行為が法で規定された構成要件を形式的に満たすかどうかで行う。形式的とはいっても、法の構成要件は一定の法益保護のために定められているため、実行行為であるというためには、その行為が当該構成要件の予定する結果を引き起こすと考えうる類型的な危険を有する行為であることも必要である。つまり、実行行為とは、形式的・実質的に構成要件に該当し、法益侵害の現実的危険性を有する行為となる。殺人罪(199条)の場合についても、ただ、人を殺そうとして何かをしただけでは足りず、その行為が人の死を引き起こすと考えうるものでなくてはならないと考える。
不作為の行為にも先に述べたような危険性を有すると認められれば、実行行為性を肯定できる。ただし、不作為の行為自体は無限ともいえるほど存在するため、その成立要件を、1つ目に「作為の可能性・容易性があること」、2つ目に「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」、3つ目に「作為義務がある者の不作為であること」として処罰範囲を厳格に解する必要がある。

Aについては、甲に刺された後ただちに救助行為を行なえば命をとりとめていた可能性があり、乙自身が医師であったことからも容易に救命行為が行なえる可能性があった。これは作為の可能性・容易性が存在したにもかかわらず、あえて何もしないこと、つまり不作為によりAを死に至らしめたと判断できるため、1つ目の要件である「作為の可能性・容易性があること」はみたしているといえる。

2つ目の要件である「その不作為が作為と同程度の違法性を有していること」については、殺人罪はその法定刑の重さから、強度の違法性が必要であると考えられる。不作為と作為が同程度というためには、Aをただ放置したというだけでは足りないといえる。しかし、乙はAを放置するために甲を欺罔してその場を去らせることにより、Aを排他的支配下に置き、救助可能性を著しく困難にして生命を高度に危険な状態にさらすという行為に及んでおり、ここに強度の違法性があると考える。したがって2つ目の要件もみたしていると解する。

では、3つ目の要件である「作為義務がある者の不作為であること」についてはどうか。乙は、甲に対して、ただちにAの救命行為を行なうから自分に任せてその場を去るようにと強く申し向けている。これは事実上の引受行為であり、この時点で乙には社会生活上Aの生命と依存関係が生じたと考える。つまり、乙にはAに対して救命行為を行なうべき作為義務が発生しているといえ、3つ目の要件もみたしていると解する。

したがって、すべての要件を満たすこととなるため、乙の不作為は「殺した」といえ、殺人罪(199条)の実行行為が認められる。

以上から、乙は殺人罪(199条)の罪責を負う。



<参考文献>
  山口厚 著「刑法総論」有斐閣2001
  尾崎哲夫 著「はじめての刑法総論 第4版」自由国民社2004
  斎藤信治 著「刑法総論」有斐閣2002
  福田平 著「刑法総論 第3版増補」有斐閣2001
  LECリーガルマインド 編著「C-Book 刑法Ⅰ<総論>行為無価値版」
東京リーガルマインド2005